welcome to soup diner

vol.9 明彦(あきひこ)の場合

この時期、暖をもとめてやってくるお客さんで、スープダイナーはいつもよりにぎわいをみせる。
そう広くない店内は、スープの湯気と人の熱気でほくほくと暖められており、
窓にはりつく水滴がなければ、今が冬だということを忘れてしまうほどだ。

「マスター。お客さんが多いってのはいいですね。僕は生きがいを感じますよ。」
夕方ごろには、それまで混み合っていた店内も、落ち着いており、
ひといきついたカズトは、うーんと、のびをしながらそう言った。
マスターは、そんなカズトの無邪気な主張に、それはよかった、と、笑ってこたえた。
今、店には大きな手帳をひろげなにかを書きこんでいる客、明彦がいるだけだ。
「いいなあ。」
と言い、明彦は、いそがしそうに動かしていた手をふと止めた。
「え。なにがですか?」
「仕事に生きがいをもてるってことがさ。素晴らしいことだね。」
明彦は、タウン情報雑誌によせる記事を書く、ライターの仕事をしており、
以前、取材でスープ・ダイナーを訪れて以来、月に数回はやってくる常連客になっていた。
「おや、明彦君は、仕事に生きがいを感じないのかい?」
「いやあ、毎日いそがしくってそれどころじゃないですよ。」
マスターの問いかけに、明彦は苦笑いをして頭をかいた。



「そういえば、ここにいるときでも、いつも手帳を見てますね。
 ずっと仕事のことを考えていて、疲れませんか?」
カズトから見た明彦は、つねにいろんな資料がはさんである手帳を見ながら、
なにか仕事に必要なことを確認している忙しそうな人、といった印象だ。
「ははは!そう見えちゃうか。いや、実はそんなこともないんだけどね。」
そう言って、手帳の一番後ろのページにはさんであった写真を、大事そうに取り出した。
「仕事をしていても、つねに考えているのは、この子のことだよ。そして、これが僕の生きがい。」
写真には、小学生くらいの男の子が写っており、こちらに向かって笑顔でピースをしている。

「え!もしかして明彦さんのお子さんですか?確か独身でしたよねえ。」
おどろくカズトをしりめに、明彦はしれっと「そうだよ」といい、大事そうにそっと写真をなでた。
「かわいい子だね。目元や顔のかたちが、明彦君にそっくりだよ。」
「そうなんです。もう、ほんっとかわいいんですよ。」
マスターの感想に、明彦は親ばかぶりを隠そうとせず、得意げに目を細めた。
「今は、5年前に別れたカミさんのところにいます。」
ああ、そういうことですか、とカズトは納得した。
「だから、いつもこの手帳を見ているのは、なにも仕事のためばかりじゃなく、
 たまにこっそり、この写真を見ていたりするんですよ。」

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