welcome to soup diner

vol.10 七々海(ななみ)の場合

新しい年のはじまりというのは、いつも身がひきしまる思いがする。
それはまるで、新しい日記帳を前にしたときのようだ。
いったい、これからどんな出来事を記していくのだろう。
あとで読み返したときに、後悔しないような日々を送らないと、と思うときのように。

「マスター。どうしたんですか、新年早々、深刻そうな顔しちゃって。」
心地よい緊張感にひたっていたマスターの顔を、カズトがのぞきこんだ。
「いや、なんでもないよ、カズトくん。また今年もよろしく頼むよ。」
お店は、今日が年明け初オープンだ。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします、マスター。」
そう言ってきびきびと一礼したカズトは、いつになく引き締まった表情をしているのように感じた。
おや、カズトくんは年越しとともに、少し大人になったのかな。うん、感心感心。
「あ、マスター。」
と、急にカズトは明るい声を出した。
「別にお年玉がほしい、なんて思ってませんからね。」
そう言って、期待に目を輝かせているカズトを見て、さっきのは前言撤回だ、とマスターは思った。
その時、スープ・ダイナーのドアがひらき、お客がはいってきた。
「いらっしゃいませ。スープ・ダイナーへようこそ!」



「七々海さん。どうしたの?今日はなんだか元気がないね。」
マスターの心配も無理はなかった。
記念すべき今年初めてのお客は、七々海といういつも快活で話題が豊富な女性で、
ときに、話のおもしろさにマスターとカズトは笑いすぎて困るほどだというのに、
今日はあまり言葉を発せず、どこか暗く沈んでいるのだ。
「でしょ。だって、そう言ってほしくって、元気ないようにしてるんだもん。」
覇気のない返事の中にも、いつもの七々海らしいユーモアが少しだけ含まれていた。
「ねえ、カズトくん。」
「はい?」
「なにがあったの、って聞いてくれる?それもおもいっきり心配しているって感じで。」
七々海はなにか楽しいことを期待しているような、変な注文をしてきた。
「七々海さーん!元気ないじゃないですか。何かあったんですか?」
カズトはその要求に、大げさな芝居じみた手振りを加え、せいいっぱい応えたが、
七々海はとくにそのことを批評することもなく、淡々と語りだしたので、耳が赤くなってしまった。

「去年の最後の日にね。長かったひとつの恋を、ぱちっと終わらせたの。」
言いながら七々海は握っていた手を、ぱっとひらいた。その動作がマスターには、潔く悲しくうつった。
「だから、たとえ新年といえ、こんなときは暗ーく元気ないようにしてたほうがいいでしょ。」

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