welcome to soup diner

vol.6 マスターの場合

「スープ・ダイナー」は人が多く行き交う通りから、ちょっとはずれたところにあるため
1日の営業時間中に、お客さんがだれもいないという時も、ままあったりする。
今日も、さきほどまでは、そこそこ忙しかったのだが、
今は、カウンターにはあと少しで夕暮れの色を運んでくるであろう
やわらかな日差しが差し込むだけで、お客はだれもいない。

そんな時いつもならマスターは、カズトのとりとめなく発せられる話に相づちをうったり、
彼の未熟な意見をからかったりして時間をすごすのが常であったが、
今日はその話相手であるカズトはいない。
遅い夏休みをとって実家の北海道に里帰りをしているのだ。

「向こうについたらいいもの送りますから、寂しがらないでください。」
そんな生意気なことを言い残して、帰郷したカズトが律儀に送ってきたダンボールが
さきほど届いたまま、まだキッチンの隅においてある。
暇になったことだしと、早速その荷をあけてみると、
中にはきれいな緑色の皮がついた、たくさんのトウモロコシがつまっていた。
ほのかに甘い匂いと、大自然をおもわせる青くささが、さわやかに店内を覆った。



ダンボールからトウモロコシを数本とりだし手ごたえのある皮をむいてみる。
規則正しく並んだ大粒の実は、まるで風船のようにまるまると、つやつやとふとっていた。
これはぜひ料理しなければ。もちろんコーンポタージュだ。
量が多いので、使わない分は茹でて冷凍しておこう。
良い素材をみて料理人魂がむくむくとわきあがってくる。

ぼこぼこと音をたて沸騰してきた鍋にトウモロコシをざっと入れながら、
ふと、今お客がだれもいない状況を楽しんでいる自分に気づいた。
人は変わるものだな。と、だれもいないキッチンでマスターはひとりごちた。
10数年前、このスープ・ダイナーをオープンしたばかりのころは、
お客がだれもいないという時間はどうしても不安だった。
長年コックをしていた実績から、自分の料理のうでに自信はもっていたが、
はたしてこのままお店をやっていけるのだろうか、と悩んだものだ。

しかし、あるお客と出会ったことでそんな不安はなくなってしまった。
それは年月を感じさせるきれいな目のよこ皺が印象的な、初老の女性。
その人が笑顔をにじませてお店に入ってきた時、
空気が一瞬、ふわっと澄んだようになった感覚を今も覚えている。

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